ワイヤード・パンチ

せっかく大阪を抜け出したのに、また働きに出るという無駄な生活。

仕事のことを書くのは久々かもしれません。まだ書いていないことがあったのを、すっかり忘れていたので、今更ながら。

2年ほど前にこのブログを始めたときは、人の多すぎる大阪に住んでいることや、会社で働くということが、とにかくイヤでたまりませんでした。

それから岡山の地方に引っ越して1年以上経ちましたが、思ったとおりの仕事が出来ていたとは、お世辞にも言えません。

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もともとは大阪に居た。

大阪に居たころはWEBサイトの制作会社に勤めていましたが、イヤなことを上げるとキリがありません。

まず通勤ですら、大阪なので地下鉄に乗ろうが地上から自転車で行こうが、どこもかしこも人だらけ、うっとおしいったらありゃしません。

そしていざ会社に着いたら、会社のPCは性能が悪くてただ操作するだけでもイライラするわ、客先からはいまどき古い仕様にも対応してくれと無茶な注文はされるわ、そもそも何時間も座りっぱなしは眠いししんどいわ、さらには残業もあるわで…。

もはや何のために会社に居座ってるのか、わからなくなっていました。

さらに家に帰っても、個室なんてないから家族は騒がしいわ、隣の家も近くの道路の騒がしいわで、休まるときがありませんでした。

それに加えて、地方で悠々自適に暮らしている方たちのブログに影響されたこともあって、大阪脱出を決意、実際に地方へ引っ越すこととなりました。

なお、今は違うブログ名になっていますが、当時は「大阪脱出計画」なんて名前でブログをやっていました。

農業はお金にならない。

実際に今まで生まれ育ったのとは違う地での生活が始まったわけですが、仕事をしてなくちゃ生活がままなりません。

ただ、田舎にパソコンを使ってやるような仕事なんて、めったにありません。そうでなくても、会社にこもり続けるのはイヤでたまりませんでした。

だからこのときは、外でできる仕事ということで、農業のアルバイトを始めることにしたのです。

初めのころは、久々に体を動かすようなことをしただけあって、炎天下かつ給料は少ないながらも、そこそこ楽しくやれていました。

しかし、問題は冬になってから。

2016年ももうすぐ終わる冬のこと、大阪に居たころには体験したことのない大雪の日が続いたときがありました。

大雪のもとではさすがに作業がままならないので、その間は畑仕事は休みです。

大阪で正社員で働いていたときとは違って、アルバイトは時給制なので、休みの日があったら、その分給料が減ります。

いざ大雪が止んでも、わが家は山の上であり、さらに周辺より少し離れたところは日当たりが悪いので、なかなか雪が溶けません。

ぼくは移動手段が原付しかないので、雪の上ではとても運転できません。

いざ雪が溶けても、道路が凍結したままで危険な状態になることもしばしば。

だから、雪が止んでも仕事に行けない日も多くありました。

その結果、冬の出勤日はいつもよりもかなり減ってしまい、ただでさえ大阪に居たよりも少ない給料が、さらに削られてしまうことに。

これほどまでに収入が安定しないとは思いもよらず、このままでは冬の間何も収入がないと思ったので、結局は農業のアルバイトをやめることになりました。

大阪に居る間に、軽トラックも運転できるようにと、MT車の免許も取ってきたのですが、使うことはありませんでした。

アルバイトではなく、町の支援を受けて開業するという手もあるのですが、大阪に居たころに通ってた学校の学費の支払いがまだあるので、補助金をもらってもそれに充ててしまいます。

アルバイトにしろ新規開業にしろ、農業は天候の影響をおおいに受けるので、よほどの資金がないと続かないということを思い知らされました。

命を削って金を得るだけの工場。

農業のアルバイトをやめたので、このままだと冬の間どころか、その先も無収入のままです。

さすがにそれはまずいと思ったので、この際職種にはこだわらず、すぐさまハローワークに行って、次の職場を探すことにしました。

なお、以前勤めていた農業のバイトは、ただの口約束で契約するような、雇用保険のない職場なので、失業保険などは出ません。

ハローワークである程度、次の職場の候補を見つけて施設をあとにした直後、入り口付近に居た人から声をかけられました。

その人は、近くにある派遣会社の方でした。

その人がなんでハローワークに居たのかはわかりませんが、ちょうど人を探していたらしく、互いに利害が一致すると思って、その人の話を聞くことに。

派遣というものは始めてだったのですが、バイト同様に時給制であることは変わりないものの、バイトよりも給料が高く、なおかつ面接なしですぐに入れるとのこと。

面接をまともに通ったことがないぼくにとって、これはチャンスだと思い、派遣会社までついていくことになりました。

ただ、その派遣会社で紹介されている企業のほとんどは工場

ぼくはいちおう工業系の高校の出身ではあるものの、工業に関する知識も技術もまるで駄目、そんなぼくに務まるか不安でした。

でも、未経験でも可能とのことなので、紹介してもらった工場に行くことに決めました。

夜勤ありの交代制で、なおかつ1日12時間勤務(休憩込み)という厳しそうな条件もあったものの、このときはとにかく次の職場を決めないといけないと焦っていたので、仕方なくその条件で飲みました。

そして実際に工場での勤務が始まったわけですが、やはり大昔同様に機械操作に不向きなのか、ミスで先輩方の手を何度も煩わせてしまうことに。

それだけに留まらず、今まで経験したことない夜勤もあるので、夜中になったらとにかく眠気に耐えられません

さらに12時間も会社に居ることになるので、いつまで経っても仕事が終わらないような感覚に。本来帰れる時間になってもまだ帰れない苦しみ。常に残業なのです。

派遣会社の方からは、今は慣れてないだけでいつかは慣れると言われ続けましたが、正直言っていつまで経っても慣れません。むしろ不規則な睡眠になるのが怖い。

その分給料は高かったのですが、このままだといつか身体を壊して働くどころではなくなると思ったので、無理言って別の部署に変えてもらいました。

簡単に言ってしまえば、この工場の勤務は、命を削ってお金を得るだけの場所でした。

派遣会社の人はかなり苦い顔をしていましたが、他人の顔色なんて伺ってる場合じゃありません。死ぬよりマシです。

結局、会社で働くということに耐えられない。

もうすぐまた夏になろうという時期に、同じ工場ではあるものの、違う部署に変えてもらえました

この部署ならば工業的な技術は不要で、からっきし駄目だったぼくでも勤まり、なおかつ昼勤のみの9時間(うち休憩1時間)勤務という、大半の会社と変わらない勤務体制でした。

さすがに以前の部署よりも時給は下がりましたが、それでもアルバイトよりは高いです。もちろん、農業やってたときよりも。

そして新しい部署での仕事が始まりましたが、事前に残業はたまにある程度と聞いていたにも関わらず、途端に忙しくなってしまいました。

結局、夏の間はほぼ毎日残業があった状態で、夕方の間に帰れる日はわずかでした。

冬になるにつれて徐々に残業はなくなっていきましたが、それが解決したと思ったら、もうひとつ別の問題が、態度の横暴な上司

その上司はぼくが居る部署ではなく、隣の部署も受け持っていたようですが、その隣の部署では、上司の怒鳴り声がほぼ毎日のように飛んできました

直接関係はないとはいえ、その怒鳴り声を聞いているのは本当に気分が悪いですし、なおかつ怒鳴り声が飛ぶということは、それほど現場が混乱しているということ。

ここや隣の部署だけに留まらず、以前いた部署でも何やらトラブルは多かったし、休憩時間のときには、非常にくたびれた様子で毎日喫煙している作業員の姿も。

別の部署のトラブルのせいで、こちらの作業に響くこともありましたし、他の方たちのくたびれた姿を見るたび、もはやこの会社に留まり続けても未来はない、そう痛感しました。

明日は我が身、そうなる前に、12月初めの頃に退職を決めることになりました。冬が過ぎたらまた残業も増えそうでしたし。

なお、本当はもっと早く辞めれる予定だったのですが、派遣会社の方といざこざを起こしてしまい、代わりの人が来るまで辞めれない事態となったので、12月まで引き伸ばしとなりました。

大阪で会社勤めがイヤだったのに、何で田舎に来てまでまた会社勤めしてるのか。

そう考えると、派遣の仕事を続けているのが馬鹿らしくなってきました。

なお、この派遣会社には半年以上は勤めたので、辞める直前に有給休暇は消化できました。

しかし、9ヶ月しか勤めておらず、1年には満たないため、失業保険は出ませんでした。

ただし、次の職場も辞めて、合わせて1年以上の在籍期間となった場合は、失業保険がもらえるそうです。

離職票は決してなくさないように。

田舎生活にふさわしい働き方を目指して。

こうして2017年末、また無職に戻ってしまい、2018年現在になっても次の職場は決めていません。

もともと目指していた農業も、生活できるほどのお金にならないことがわかりましたし、そもそも体力を使うことや、土や汗にまみれることは、運動オンチなぼくには向いていない。

派遣はすぐには入れるものの、給料の高さに比例して作業のきつさも増加。大金を得ることは命を削ることと感じました。

無理のない生活を送るつもりで大阪を抜け出したのに、なんでこんなことで苦労しなきゃなんないのか。

そこで改めて思ったのは、今の時代、会社にわざわざ行かずともネットで仕事できるんだし、田舎でもちゃんとネットは通ってる。

実は田舎でやりたいと思っていたもうひとつの仕事、それは家に居ながらクラウドソーシングからWEB系の仕事を受けることでした。

それをようやく実行するときになったようです。

農業のアルバイトをしていた冬の間も、いちおう少しはやってたのですが、タスク型のライティングの案件では端金にしかならず、これでは自分のブログに載せて毎日広告収入をもらってた方がマシといえるものでした。

サイト開発なども案件もあったのですが、大雪の間だけでは終わりませんし、なおかつすでに応募者が多数居たので、応募する前から諦めてました。

でも、今はなんとしてでも、開発の案件を手に入れなければならない状況となりました

会社に行くことや、どうのこうの指図されることは嫌いですが、WEB開発に関する仕事自体が嫌いなわけではありません

というわけで現在は、いくつかの案件に応募し、返信を待っている状況です。それまでは、引き続きニート生活ですかね…。

なお、どうしても案件を勝ち取ることができず、無収入状態が長引くことになったら、さすがにまたバイトをすることになると思います。

派遣は給料が高さに伴って仕事内容がきついですし、すぐに辞めれない恐れがある。

正社員は面接があるし、即戦力になるような実力が必要だから、まず受からない。

そうなると、外で働くのはもう、バイトしかありません。

でも、無理に体張ってお金を得るより、地味に仕事して無駄遣いしないような生活をしている方が、楽だと思うのです。

今どきの若者には、都会で無理して金を稼ぐだけが人生じゃない、ということを身をもって示してやりたいです。

そもそも、専門学校なんか行って無理に夢なんか追わなきゃ、こんなに金銭のことで苦しむことなんてなかったのですが、今更言っても仕方ありません。

同じ過ちを踏まぬよう、経験を活かすだけです。

ところで、もしバイトせざるを得なくなったら、どこに行こうかな。

近所のスーパーには、知り合いのおばさんが勤めていて、残業が全くないと聞いているので、そこでも良さそうですね。